GYOAでドラマ『クロヒョウ 龍が如く新章』が配信されたので視聴してみた。毎度のごとく終了日ギリギリの滑り込みだったが、結論から言えば、時間の無駄だった。
第一章(1話)と第二章(2話)がまず見られるのだが、第一章を見終えてギブアップ。もう2章以降はいいや。
全体的にチープな作り
DVDパッケージから分かるようにキャストは結構豪華だ。今やってる朝ドラ『朝が来た』で主人公・ヒロインをやっている波留も出ているのには少しビックリポンしたが、ほかにも名前はわからなくても顔は知っている俳優ばかり。主人公の俳優も決して上手いわけではないが、それなりといった感じで深夜ドラマとしては上々だと思う。ところが、全体的な出来上がりはなんだか安っぽい。なぜだろうか。
うーん、それは恐らく世界観のベースにある龍が如くの存在が大きいだろうと思う。アクションゲームが必要とするリアリティと実写ドラマのリアリティはやはり異なるのだろう。ゲームの龍が如くはプレイヤーが主人公を操作するという能動的な体験であるのに対して、ドラマは視聴するだけという受動的な体験である。能動的な体験では我々がその世界に”参加”するわけで、無理があるような設定でも「そういうものだ」と割り切ったり、入り込んだりできる。むしろ非日常を味わうという意味では、ちょっと無理があるぐらいのほうが都合がよいもんだ。
しかし、視聴という受動的な体験では、我々は傍観者である。一歩引いた立場で現実の世界をベースに物事を考えてしまう。こういう状況ではどうしたって批判的というかアラ探しをしてしまうもんだ。ゲームの世界では調度良かった龍が如くワールドもドラマとなると急に陳腐になるのは、もともと実写化に無理があったからだろう。これはマンガがドラマになるとお遊戯のように感じるのと根っこは同じだろうね。マンガや小説は読者が想像するという能動的ステップをひとつ挟むわけだから。
紙芝居じゃねーんだぞ、目が疲れるだろ
このドラマ(といっても第一話しか見てないが)で一番気になったのは映像がやたらと切り替わることだ。大袈裟じゃなくて、10秒と同じ絵が続かない。ちょっとした会話のようなシーンでもアクション映画の戦闘シーンのようにカットが変わる。何を考えてこんな風にしたのか分からないが、まあこれが疲れるわけだ。落ち着かないから集中力が途切れて話が入ってこないし。そこそこ龍が如くシリーズファンなので、ある程度アラが目立っても目をつぶるつもりだったけど、30分見ただけでドップリ疲れたから流石に降参ですわ。斬新でカッコイイとでも思ってんのか。はあ、本当に時間の無駄だった。相当な原作ファン以外にはオススメできないね。