少し前に公開されたTVerというサイトを知っているだろうか。民放が同じプラットフォーム上で番組の見逃し配信をするという試みだ。テレビ番組に限らず、こういったオンデマンド配信の勢いが加速している。特に深夜アニメなどは、海賊版が蔓延していた分、随分と前からテレビ放送とほぼ同時にネットでも配信するのが当たり前になっている。碌にコンビニすら無いようなド田舎でも、CS無しで最新アニメが楽しめるのだ。地方のオタクさんは、さぞ嬉しかろうと思われる。

昔はよかった、というロートル自慢

そこまで見たいわけではない。いや、今じゃないだけなんだ。そんな映画。アマゾンプライムならタダらしいが。

たまに話題のアニメや見逃したドラマなんかを僕も見る。確かに便利なんだけど、オンデマンド配信は”慣れる”につれ、苦痛になってくる。配信開始から一週間程度、好きな時間に視聴して良いというのは一見、自由で気楽に感じる。だけどその裏腹に配信期間というある種の強制が生まれるのだ。

というのも、物事には優先順位がある。複数の課題があったとして、締め切りが迫っているものから処理していくのが普通だ。オンデマンド配信は時間的余裕があるから、どうしたって後回しになる。そして、「明日見ればイイや」程度の番組はそこまで興味がない番組なので、大抵「明日」に見ない。ドンドン、ドンドン先延ばしになる。そしてタイムリミット間際になって、「あー、あの番組今日中に見なきゃいけねぇのか…」と重い腰を上げることになるわけだ。半分、嫌々みているのだから楽しいはずがない。

じゃあ、見なきゃいいじゃん、と思うかもしれない。しかし、その番組に全く興味がないわけではないから厄介なのだ。

「見ようと思えば視聴出来なくもない。だけど、いま見たいわけじゃない。でも今日見なきゃ配信終わっちゃうんだよなー。」こんな感じ。見たいから見るという能動的な姿勢ではなくて、折角配信しているのに見なきゃ損する感じがあって見るという受動的な姿勢だ。そもそも、能動的に見たい番組はリアルタイムで視聴したりサイトから購入したりするわけで、「配信で見たい番組」がないのは当たり前だ。なんというか、「レンタルするほどじゃないけど、金曜ロードショーでやってたら見る」ぐらいのノリ。なんだろう、このモヤモヤした感じを上手く言葉にできないな。

そういう意味では昔は、”ドライ”だった。見逃したら、それっきり。ある意味、しょうがないと諦めがつく。そもそも、住んでいる地域で放送していないと見ようとも思わない。これはこれで幸せだったのかもしれない。現代みたいに、なまじ選択肢があった方が、判断と時間に迫られるジレンマが生まれる。

そんなことをGYAOでの放送終了時間が迫る「映画 あたしンち」のページを眺めながら思った。