一時間ぐらい歩いていると思考力が低下して何も考えられなくなる。ただ足を前に突き出す動作を左右で繰り返す。漠然とした疲労感と共にぼんやりと。
パスカルは言った。「人間は考える葦である」と。なんだか訳がわからないがWikipediaによるとこのような意味であるそうだ。
有名な「人間は考える葦である」とは、人間は自然の中では矮小な生き物にすぎないが、考えることによって宇宙を超える、というパスカルの哲学者としての宣言を表している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AB#%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E8%91%A6
つまり、逆説的だけど、歩き疲れて考えることをやめた時に人間は単なる葦に戻れるようだ。葦には悩みがない。不安もない。ちっぽけな存在ではあるが、それを知覚することすらない。なんだよ、無敵じゃん。最高じゃん。イエーイ。
現代人は時々にでもただの葦に戻るべきだ。なまじっか少しでも知恵があるもんだから、必要ないことまで考えちゃう。「悩みがなくて幸せそうね」なんて皮肉があるけど、幸福は人間の生きる動機であって、目標であって、絶対的な善である。もっとバカになれよ。幸せになるための一番の近道だぞ。
ちなみに今は歩いていないので「考える葦」になっている。だから「人間の尊厳に知性を求める思想って植松聖と変わんねーじゃん。パスカルも大したことねーな。」そんなことを考えている。考えた所でその程度の葦である。あーバカバカしい。